「進撃の巨人」に就活生が考えさせられたこと。

就職活動中に、影響を受けた、いくつもの作品の中の一つです。

 

 

 

ついこないだ 2期アニメ最終を迎えた、「進撃の巨人」。

 

 

 

安定した、守られた、壁の中の世界。

ある日壁が巨人によって、壊されて「平和」は崩れていく話。

 

初っ端から主人公の母親が目の前で食い殺されるという

なかなか今まで読んできた漫画の中でも1、2を争う衝撃のスタートだった。

 

 

なんとなく残酷なシーンが多いってことから

「グロイ系少年漫画」かと思って、手を出そうとは思わなかったのだが

 

就活生は家にいることが多く、インドアになったついでに

たまたま2期放送中のアニメを見てしまい

1期と原作漫画を一気見するほど、はまってしまった。

 

 

 

進撃の世界観に魅せられてしまったのだ。

 

作者の「社会への怒り」が叫ばれるように描かれている気がした。

 

 

正確にいうと、

「平和ボケした、生温いような、何か」

「安定に見えるレールに乗っている人たち」

「世間体」「常識」「固定観念に捕らわれている人たち」

 

「本当に就職したいのかも分からないワタシ」

 

それらに対しての「怒り」に近いような、

そんな感情を、作品に触れた時にぶつけられた気がした。

 

「フツウ」「ジョウシキ」に対し「怒り」をもった作品だからか

高校いって、大学いって、就職活動している、

フツウの、一般的なレールに乗ったワタシにはダイレクトに響いた。

 

 

一気に作品に夢中になったとき、

何も手が付かないくらい考えさせられた。

 

「自分はこれでいいんだっけ」

 

 

目の前に広がる道は、ホンモノかどうか、

分からなくなってしまった。悩んで悩んだし、不安で不安だった。

今思えば、作品に影響され過ぎ…と思うのだけど笑

 

 

 

 

悩んだ結果、私なりの答えは

 

「私の心は自由だ」ということ。

 

「常識に縛られちゃいけない」「自分の道を!」

とかいう意見も、誰かのコトバであって…

 

それに従うのも違うかなと。

 

 

常識に見える道だって、

自分の意思を持って進んでいればいいんだと。

 

一番怖いのは、

何も考えずに大多数のいる方向に進んでしまうこと、かなと。

 

考えて、そこに自分の意思があれば

大多数の方向でも「ちゃんと」していられる。

 

 

何も考えずに集団の中にいる人と、

意思をもって集団にいる人、

 

一見、どちらも変わらないように見えるけど

本質的には全く異なるのだと思う。

 

 

だから私は、

フツウのレールに乗ることを選んだとしても

意思をもって進もう。

 

そんなこと当たり前かもしれないけど。

 

 

答えが出た時、

止まっていた就職活動も再開させることが出来た。

 

 

 

まさか、ここまで考えさせられるとは思ってもいなかった。

 

進撃の巨人

 

ただのグロイ少年漫画ではありません。